キャサリン

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終戦記念日…


アタシの祖父(母の父親)は戦死してます。
母が2歳のときに戦死してます。


だからアタシにとってのおじいちゃんは
仏間に飾られた写真です。

そのせいか、なんかこーリアリティがなくて
おばあちゃんは働きながらひとりで子供3人育てるの大変だっただろーなーと
おばあちゃんの事を考えることはあっても
おじいちゃんに関しては、あまりイメージできずにいたんですが…

一昨年、母の兄である伯父が亡くなり
戦没者遺族の手続き等を母が引き継ぐことになり
(戦没者遺族 特別弔慰金というのが現在も支払われています)
母と一緒に役場に行き
あれこれ書類を記入…。


どこの軍に所属していたかなど
母はおばあちゃんや伯父さんから
聞かされてた記憶を頼りに記入


海軍で
乗っていたのは
空母 翔鶴
ショウカクの漢字はこれで合ってるのかなぁ…と母が言うのでスマホで検索


空母(航空母艦) 翔鶴
Wikiで出てきた
たくさんの戦歴、艦歴の最後に沈没した日が出てきた


6月19日


祖父の命日は6月19日
昭和19年の6月19日


昭和19年6月19日に空母 翔鶴は沈没していた


あぁ、そういうことなんだ
祖父の命日は翔鶴の沈没した日なんだ


同じ命日の戦没者がたくさんいるんだ
十把一絡げなんだ・・・
調べてみたら1272名だった

アメリカの潜水艦から発射された魚雷で1272名の命が1度に消えたんだ・・・


気分が悪くなった
今まで味わったことのないような
悔しい、腹立たしい気持ちでいっぱいになった

どうして・・・
どうして・・・
どうして・・・


これまで
アタシは祖父の戦死のことを深く考えてなかったな…と反省した

母もおそらく祖母からそんなに詳しく聞かされずに育ったようでもある


子供3人育て上げなければと必死だったであろう祖母は
繰り返してはいけない戦争を
語り継ぐことより
毎日でいっぱいいっぱいだったのかもな…とか
伯父さんは話をたくさん知っていそうだった、末っ子だったうちの母にはあえて聞かせてないのかもしれないな…とか思った


おばあちゃんや伯父さんが元気なうちに
話を聞かせてもらうべきだったと
今になって気がつく・・・反省。


写真は花火大会
内容と関係なくてスミマセン(^o^;)


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Comments 2

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エル  
終戦記念日

戦後数十年経って生まれた私達世代になると、身内に戦没者の方がいてもなかなか戦時中のイメージが想像できないですよね。
軍人、民間人、多くの犠牲者を出した戦争の後にある今の幸せ、忘れちゃいけないですね。

私も日本人をこんなに苦しめた敵国を許せません。
でも8年前ハワイのパールハーバーの資料館を訪れて初めて思いました。
「ここでは日本が敵国、特攻隊が敵。日本人が知ってる神風特攻隊の真実は知られてないんだ。特攻隊によって沈んだアメリカ兵士がここでは英雄なんだ。」と。
戦争によって命を落とした人、それぞれに夢があり家族があった。
それは国なんて関係ないですよね。

私、被爆県に生まれて育ったので真夏の暑い蝉が泣く8月は原爆記念日のイメージなんです。
小学校の時から8月原爆投下の日は登校日でしたし、祖父母が被爆者でした。
普段何気なく過ごしていても年に一回はがっつりと平和を考えさせられる日でした。

「憎しみは憎しみで
 怒りは怒りで
 裁かれることに何故気づかないのか」
正に省吾さんの歌詞の通りだと思います。

なんか、キャサリンさんが珍しく(笑)真面目な記事だったから、熱く長々と書いちゃった~

2016/08/16 (Tue) 13:30 | EDIT | REPLY |   
キャサリン  
Re: 終戦記念日

エルちゃん、
もちろんアタシの腹立たしい気持ちもアメリカに向けてではなく戦争に向けてだよ。
敵国!とゆー感覚はアタシにはなくて
腹立たしい気持ちがわいてくるのは
省吾の書く詞そのままだよね。
「なぜ人は殺しあうの?」ということだよね。

エルちゃんの住む街はそうだね…年に一回はがっつりと平和を考えさせられる日があるんだよね…
長崎と広島、どちらもまだ1度も行ってなくて、行きたい、行かなきゃいけない、日本人なのだから行かなきゃいけないって思ってるよ。

「憎しみは憎しみで
怒りは怒りで
裁かれることに何故気づかないのか」
ほんとにほんとに省吾の歌詞その通りだよね。

2016/08/17 (Wed) 10:43 | EDIT | REPLY |   

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